インターネット依存の診断と治療
現代におけるインターネット依存
情報技術の急速な進歩に伴い、インターネット依存は、急速に広がっています。
この問題は特に青少年でより深刻で、厚生労働省の調査によると、男子学生の6.2%、女子学生の9.8%にインターネット依存が強く疑われ、その数は全国で52万人と推定されています。
成人でもネット依存傾向にある人はここ数年で増えてきていると言われており、その数は420万人を超えると言われています。
依存として多いインターネットサービスは、オンラインゲームですが、最近はスマートフォンののさまざまなサービスに夢中になっている人が増えています。
インターネット依存による学業、家庭内での人間関係、健康への影響は大きく、遅刻、欠席、成績低下が多くの人に見られており、不登校、留年、退学、転校なども見られます。
また、インターネットの使用についての親への暴言・暴力はほぼ全例でみられ、昼夜逆転や引きこもりなどの状態も少なくありません。
また、ADHDや自閉症スペクトラム障害、社交不安障害などの病気を基盤に、インターネット依存になりやすい人もいます。
インターネット依存、過剰使用に伴う問題について、医療分野においても対策は遅れていると言わざるを得ません。
診断における概念形成や、治療法の開発などもまだ確立していないのが現状です。
対応できる施設も増えてはいますが、まだまだ限定的です。
インターネットの病的使用とは
ではインターネットの病的使用とはどういうことでしょうか
インターネットを長時間使うことにより、その人が本来果たすべき社会的責任が果たせなくなる状態であり、それが精神疾患などの別の疾患などにより結果的に引き起こされた長時間使用ではないと判断される場合を病的使用と考えます。
ではインターネットの病的使用かどうかテストしてみましょう。
スクリーニングテスト
1)インターネットに夢中になっていると感じていますか?(例えば、前回インターネットでしたことを考えていたり、次回インターネットをすること待ち望んでいたりしていますか?)
はい or いいえ
2)満足を得るために、インターネットを使う時間をだんだん長くしていかなければいけないと感じていますか?
はい or いいえ
3)インターネット使用を制限したり、時間を減らしたり、完全にやめようとしたが、うまくいかなかったことがたびたびありましたか?
はい or いいえ
4)インターネットの使用時間を短くしたり、完全にやめようとした時、落ち着かなかったり、不機嫌や落ち込み、またはイライラなどを感じますか?
はい or いいえ
5)使い始める時に意図、予定したよりも長い時間インターネットを使用(オンラインの状態に)してしまいますか?
はい or いいえ
6)インターネットのために大切な人間関係、学校・会社のことや、部活動・家庭のことを台無しにしたり、あやうくするようなことがありましたか?
はい or いいえ
7)インターネットへの熱中のし過ぎを隠すために、家族、学校の先生、会社の人やその他の人たちに嘘をついたことがありましたか?
はい or いいえ
8)問題から逃げるために、または、絶望的な気持ち、罪悪感、不安、落ち込みなどといった嫌な気持ちから逃げるために、インターネットを使いますか?
はい or いいえ
「はい」1つにつき1点、「いいえ」は0点として合計の点数で評価します。
0~2点:適応使用者
3~4点:不適応使用者
5点以上:病的使用者
インターネット使用における正常と異常
正常と異常の境界はどこなのかインターネット依存の場合は、インターネットの使用時間だけでは異常と正常の区別はつけられません。
過剰な使用時間に加えて、依存の基本的症状や過剰使用の結果として、健康や社会的機能への影響について評価する必要があります。
脳内メカニズム
ネットゲーム依存の脳には、物質依存と同じような報酬系の活性化が認められるという報告があります。
この活性化はBupropion(日本未承認薬)投与でゲームに対する渇望とともに抑制されるという報告もあります。
一方で、ネットゲーム依存者は、ゲームの長期の悪影響を無視して、より目の前にある欲求に従うような衝動選択行動が顕著であり、これには前頭前野の機能不全が関係していると言われています。
この特徴は依存(嗜癖)全般に認められる脳内メカニズムの一つです。
インターネット依存に伴う問題
インターネット依存に伴う問題は様々なものがあります。
身体的問題
体力低下、運動不足、骨密度低下、栄養の偏り、低栄養状態、肥満、視力低下、腰痛など
精神的問題
睡眠障害、昼夜逆転、引きこもり、意欲低下、うつ状態、希死念慮など
学業・仕事における問題
遅刻、欠席、授業/勤務中の居眠り、成績低下、留年、退学、勤務中の過剰なネット使用、解雇など
経済的問題
多額の課金、多額の借金など
家族・対人関係における問題
家庭内の暴言・暴力、親子関係の悪化、浮気、離婚、育児放棄、子供への悪影響、友人関係の悪化、友人の喪失など
物質依存と行動嗜癖について、報酬系の依存メカニズム
最近でも芸能人やスポーツ選手の薬物依存が問題となっています。
このように、薬物(物質)依存は時代によってさまざまな社会問題となっています。
これらの物質依存の脳神経基盤を調べた研究は多数報告されています。
脳内の報酬系といわれる神経回路の障害を示唆する報告があります。
報酬系の神経伝達物質の中でよく知られるのはドパミンであり、ドパミン神経系を特異的に描出できるトレーサーを用いたPETによる研究では、コカイン依存者のドパミンへの感受性は低下していることが示されています。
また、健康な人で、PETを用いた検討でも、危険性の高い意思決定をする傾向とドパミン神経伝達との関連を認めるとの報告もあります。
リスクを低く見積もりがちな傾向があれば、さまざまな依存症に陥りやすいと考えられます。
また、依存性薬物は、報酬系において中心的な役割を担うと考えらている線条体以外の脳部位にも作用すると考えられますが、前頭葉眼窩面、側頭葉、視床、前部帯状回などの脳部位が影響を受けることが想定されます。
このため、これらの脳部位が処理に関わると考えられている衝動性制御、葛藤処理、情報処理といった認知機能への影響も出現する可能性があります。
一方、ギャンブル依存、過度な買い物、食物嗜癖の肥満などといった、渇望・強迫的使用・離脱症状の存在・有害事象の出現など、物質依存と同様の症候を備えつつも、その原因が物質によらないタイプの依存症は、行動嗜癖(bihavioral addiction)と呼ばれています。
ギャンブル依存におけるドパミン神経伝達に関する研究では、ドパミン神経のシナプスが最も豊富な線条体におけるD3受容体結合能と、病的賭博の重症度との相関を示す報告があります。
このように報酬系に係る神経回路の異常は、物質依存、行動嗜癖に共通してみられる病態生理であることが考えられます。
夜間のインターネット使用と睡眠
ネット機器からの光は就寝前のメラトニン分泌を抑制します。
パソコンや、スマートフォンなどの携帯端末でネット作業を行うと、眠気が減り、メラトニン分泌が抑制され、睡眠障害につながります。
インターネット使用による小児の睡眠障害と近視の進行
小児におけるインターネット使用において、睡眠障害と近視進行が大きな問題となります。
小児の眼球と脳が発展途上であり、小児の眼の光透過性が成人よりも非常に高いため、ネット画面を夜間視聴すると、成人の数倍の量の光が眼底に到達します。
そのため、ブルーライトのメラトニン抑制作用も強くなり、睡眠障害につながります。
眼鏡や画面の明るさ、波長調整などによる、ブルーライトの軽減処置が必要です。
近視が最も進行するのは20歳頃までですが、近視については、屋外活動時間、近見作業、遺伝が大きく関与していることがわかっています。
夜間のブルーライトは近視を進行させる可能性があると言われています。
インターネット依存の治療
治療目標
多くのネット依存者は、ネットの時間を短縮することや依存度を下げることにはあまり関心を示さないが、就労、卒業、進学、成績向上、社会参加、規則正しい生活をすることには関心を示すことが多いです。
そのため、治療はネット依存者が関心を示す事柄から導入して、手段としてネットとどのように付き合うか、調整するかを考えてもらうことがいいようです。
アルコール依存症の場合、治療目標は「断酒」に設定することが多いのですが、ネット使用に関する治療目標としては、「断ネット」よりも「節ネット」とする方が現実的です。
現代社会ではインターネットは生活において必需品になっており、家族間、学校との連絡においても、必要とする場面も生じ、完全に使用しないことは現実的ではありません。
但し、試験などの時期などに一時的にネット使用を禁止する「禁ネット」は有効であることがあります。
インターネット依存の治療
ネット依存の治療は現時点では、他の依存性疾患の治療を参考にしています。
他の多くの依存性疾患と同じように、ネット使用に関する問題点を軽く考えているなどの本人の認知の歪みを修正する必要があります。
ネットが使用できない環境への調整が有用な場合もあります。
多くの依存性疾患の治療が成人を対象をしていることが多いのに対し、ネット依存では未成年者を対象とすることが多く、身体的な悪影響よりも社会的な悪影響が問題になりやすいのです。
ADHDなどの発達障害が関連することも多く、自己責任で片付けられない事が多く、将来にわたる多大な社会的な悪影響を考慮する必要性があります。
治療手段
①認知の歪みの修正や、依存を防ぐための対処スキルの獲得を目的とした心理・精神療法を行います。
②合併した精神疾患がある場合には、それぞれの疾患に対しての薬物療法を行います。
③ネット依存の離脱症状やひきこもりなどによる社会参加の不足、困難さに対しては環境調整や社会参加の場の調整のための、入院やデイケア、治療キャンプなどを考慮します。
心理・精神療法
ネット依存の治療の主体となるのが、心理・精神療法になります。
認知行動療法に関する報告は多く、3段階のアプローチによる認知行動療法による改善の報告があります。
一段階目の目標
インターネットに費やしている時間を少しずつ減らすように行動を修正します。
二段階目の目標
インターネットを過剰に使用することを合理化することや、依存への否認について考え、認知を修正します。
三段階目の目標
衝動的なインターネットの使用につながる問題を同定し治療します。
また、それ以外でも問題解決と意思決定のための認知行動療法や、コミュニケーション技能訓練、自己制御技能訓練、家族療法等についても有効性が報告されています。
まとめ
インターネット依存は若い世代を中心に広まりつつありますが、まだまだ対策が不十分であり、医療だけでなく、家庭、教育、行政と連携した、疾病概念、予防、治療手段の確立が必要になるでしょう。
まずは、身近な依存を専門とするクリニックや病院に相談されるといいでしょう。