妊娠とお薬について
「薬がなくなるのは心配だけど、妊娠したい。」
「内服中だけど妊娠していることが分かった。どうしよう」
「妊娠しても、この薬を服用し続けて大丈夫ですか」
これらの質問に対して、医師も薬剤師も自信をもって返答することは難しいのが現状です。
医薬品添付文書、いわゆる薬についている説明書の多くは「妊娠中の投与に関する安全性は確立されていないので、妊婦または妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと」といった記載をしています。
そのため、「妊娠しているのなら飲まないほうがいいでしょう」という消極的な返事がかえってくることが多いのです。
現状では薬物が、どの程度の確率で、奇形やその他の異常が発生する可能性があるかについて、確かなことが言えないのが現状なのです。
しかし、どうしていいか分からない不安な状態を改善するために、現状の情報を整理することは可能なはずです。
つまり、現在収集できる情報から奇形の発生率を中心に胎児への影響の予測を行っていき、危険性と有用性を考えて薬物の使用を調整し、精神状態をコントロールして、無事に出産を終えることを目指すのです。
ここでは、妊娠と薬について
①薬剤の影響度(危険度)
②服用時期の影響度(危険度)
③総合評価
についてまとめています。
ただ、これらの情報は可能性の話になりますので、ご参考にして頂ければ幸いですが、服用については必ず主治医に相談されて、そこで決定されて下さい。
①薬剤の影響度(危険度)
お薬の影響度を下記のように設定します。
①薬剤の影響度(危険度)
危険度絶大 奇形への影響する可能性がかなり高い
危険度大 高い
危険度中 中程度
危険度小 少ない
危険度微 かなり少ない(漢方薬はここに位置する)
危険度なし ほぼなし(食品にも使用されるようなもの)
②服薬時期の危険度
服薬するときの妊娠時期によって下記のように設定されます。
②服薬時期の危険度
最後に生理が来た日からの経過日数
1)0~27日(妊娠0~3週)影響なし(無影響期)
2)28~50日(妊娠4~7週)影響絶大(絶対過敏期)
3)51~81日(妊娠7週~11週)影響中(相対過敏期)
4)85~112日(妊娠11週~15週)影響小(比較過敏期)
5)113日~出産日(妊娠16週~)影響微(潜在過敏期)
受精するのが妊娠2週目で、着床するのが妊娠3週目ですのでそれまでは薬剤の影響は受けません。
妊娠4週から7週は胎児の重要な器官ができる時期なので薬物の影響を最も受けやすい時期です。
妊娠16週からは胎児の器官の形成がほぼ出来上がり、奇形の発生率への薬剤の影響は少なくなりますが、胎盤を移行して薬物は伝わります。
ただ、奇形の発生率への影響(催奇形性)は妊娠16週以降少なくなりますが、その後は胎児毒性と言って、胎児への影響(胎児の臓器への障害、羊水量への影響、陣痛への影響、出産後の新生児期への薬物の残留等)を考えないといけません。
奇形への影響の判断
薬剤の危険度と服薬時期で奇形への影響を判断していくことになります。
実際妊娠を予定して、内服を調整できてればいいのですが、妊娠が分かったのが妊娠8週目というように、薬物が最も影響しやすい絶対過敏期をいつのまにか過ぎていることもあると思います。
そのため、妊娠の可能性が少しでもある場合には影響度の少ない薬物にしておくのが大切です。
逆に妊娠の計画がうまくいく場合には妊娠時期に合わせて、可能な限り薬物の調整を行うといいでしょう。
例えばパニック障害の人であれば、極端な話ですが、仕事を休職し自宅療養できれば、薬物を使わずに症状がコントロールでき、日常生活を維持できるのであれば、環境を調整することで絶対過敏期は内服せずに済むわけです。
先天異常の頻度
”異常”という定義にもよりますが、一般的には出生時の先天的異常の頻度は3%程度と言われています。
妊娠時期と薬剤の影響
薬剤と胎児への影響については次の2通りあります。
①奇形の発生(妊娠16週までに注意)
奇形の発生については、さらに2通りに分かれ、”正常な器官が発生できない異常の場合”と、”正常に器官ができたのち、出産までの間に破壊されて奇形となる場合”(羊水が少なくなった環境が影響したりする場合など)があります。特に妊娠16週までに注意が必要です。
②胎児毒性(妊娠16週以降注意)
胎児毒性とは、胎児の発育や臓器への障害がみられたり、羊水の減少や、子宮収縮の異常が影響したり、出産後に新生児期へ残ることでの影響をいいます。特に妊娠16週以降で注意が必要です。
男性への薬剤投与と催奇形性
精子の形成期間はおよそ70日~80日と言われているので、パートナーが妊娠する3か月前に内服していた薬剤が問題になります。
しかし、射精の直前にはすでに精子となって貯蓄されているので、受精の1,2日前に内服した薬剤は考えなくていいでしょう。
薬剤の影響を受けた精子や卵子で、受精能力に影響を受けていると、受精しないか、受精しても着床しなかったり、早期に流産している可能性があります。
男性への薬物投与で胎児に異常が生じる可能性が指摘されたことがあるものは、エトレチナート(皮膚科で処方されることが多いです)、コルヒチン(痛風に治療で処方されます)ぐらいですが、現在その催奇形性には否定的な意見、見解が一般的で、結果男性への薬剤投与はあまり心配しなくてもいいようです。
ただ、薬物が精子の受精能力へ影響している可能性はまだはっきり整理されていませんが、不妊でお困りであれば、可能な限り薬物をやめてみる選択肢はあるでしょう。
しかしながら、処方薬だけでなく、市販のお薬やアルコールだって、影響してしまいます。
内服する場合はしっかり、主治医に確認しましょう。
精神科・心療内科で処方される薬剤と妊娠
1)精神科、心療内科で妊娠中に問題となる疾患
精神科・心療内科で妊娠中に問題となる疾患は、うつ病(うつ状態)、躁うつ病(双極性感情障害)、統合失調症、パニック障害が代表的です。
精神科・心療内科の病気はその多くが直接命に関わるようなものではないので、比較的薬をやめることを勧められることが多いと思います。
しかし、必要だから内服しているわけで、不要な薬剤と、必要な薬剤をしっかり整理して、適切な薬物調整をしてもらう必要があります。
2)妊娠と断薬について
妊娠前に断薬ができていれば、それまでの内服していた薬剤の胎児への影響は考えなくていいでしょう。
持効性注射製剤等でなければ、基本的には胎児への影響は、妊娠中に投与された薬剤のみで考えます。
また、「胎児に影響を及ぼす薬剤をやめられないこと」と「妊娠をしてもいいかどうか」は別な話であり、”内服しているから妊娠できない”という判断はせず、総合的な情報を整理して、家族、主治医としっかり相談する必要があります。
妊娠期間中の薬物継続と分娩後の胎児への影響
妊娠期間中薬剤を継続している場合は、出産後、胎児の代謝の変化や、薬剤の影響の変化が大きいことを理解しておく必要があります。
1)出産後の代謝の変化
分娩後は薬剤の代謝を新生児が母親から離れ、自ら行わないといけないため、薬剤を排泄するために時間がかかったりするため、floopy infant(手足が脱力している新生児)や涕泣(おぎゃーと泣かない)、呼吸が弱い等があります。
2)分娩後の薬物濃度の変化
薬物の血中濃度が急激に低下することによる、離脱症状の可能性があり、新生児に易怒性や情緒不安定さが出現することがあります。ただ、これは時間経過で改善します。
薬剤の選択
精神科・心療内科の薬物の中で、実は明らかな催奇形性、胎児毒性が疑われるものは少ないのです。
特に注意するのはてんかんや、躁うつ病、気分の調整の為に処方されることが多い、フェノバール、バルプロ酸などです。
これは催奇形性が確認されているので、このお薬じゃないとコントロール出来ないような場合を除けば、他の薬剤に変えてもらうか、中止を検討したほうがいいです。
①ベンゾジアゼピン系(睡眠薬、安定剤)
催奇形性 否定的であり、概ね使用できます
胎児毒性 用量や長期使用で影響があります
②三環系、四環系抗うつ薬
催奇形性 否定的であり、概ね使用できます
胎児毒性 用量や長期使用で影響はあります
③炭酸リチウム
催奇形性 心臓血管系での奇形の報告、指摘がありますが、否定的な見解も増えています。しかし、この薬剤にこだわる必要がなければ他の薬剤のほうが望ましいです
胎児毒性 影響はあります
④非定型抗精神病薬
催奇形性 否定的であり概ね使用できます
胎児毒性 影響はあります
まとめ
添付文書を参考にしながらうのみにしすぎないようにし、「治療上の有益性が危険性を上まわると判断される場合にのみ投与すること」という薬剤は、母児への影響は大きくないと判断できる場合がありますので、過度に不安に感じることのないように、それぞれの薬物と内服時期で危険度を評価し、主治医と服用についてしっかり相談することが大切です。
付録:それぞれの薬剤の大まかな危険度
①危険度絶大(奇形への影響する可能性がかなり高い)
抗てんかん薬
トリメタジオン(ミノアレ)
バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカ)
フェニトイン(アレビアチン、ヒダントール)
②危険度大(高い)
抗てんかん薬
カルバマゼピン(テグレトール)
ゾニサミド(エクセグラン)
フェノバルビタール(フェノバール)
プリミドン(プリミドン)
③危険度中(中程度)
睡眠薬
フルニトラゼパム(サイレース、ロヒプノール)、ブロチゾラム(レンドルミン)トリアゾラム(ハルシオン)
安定剤
アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)、エチゾラム(デパス)、
オキサゾラム(セレナール)、フルジアゼパム(エリスパン)、フルタゾラム(コレミナール)
クロキサゾラム(セパゾン)、クロチアゼパム(リーゼ)
クロルジアゼポキシド(コントール、バランス)
ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)、ブロマゼパム(レキソタン)、
ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)
ロラゼパム(ワイパックス)
抗うつ薬
パロキセチン塩酸塩水和物(パキシル)
情動調整薬
炭酸リチウム(リーマス)
その他
アマンタジン塩酸塩(シンメトレル)
抗てんかん薬
クロナゼパム(ランドセン、リボトリール)
クロバザム(マイスタン)
④危険度小(少ない)
抗うつ薬
塩酸セルトラリン(ジェイゾロフト)
アミトリプチリン塩酸塩(トリプタノール)
アモキサピン(アモキサン)
イミプラミン塩酸塩(トフラニール)
クロミプラミン塩酸塩(アナフラニール)
トラゾドン塩酸塩(デジレル、レスリン)
ノリトリプチリン塩酸塩(ノリトレン)
抗精神病薬
クロルプロマジン(ウインタミン、コントミン)
ハロペリドール(セレネース)
フルフェナジン(フルデカシン、フルメジン)
ブロムペリドール(インプロメン)
ペルフェナジン(ピーゼットシー)
レボメプロマジン(ヒルナミン、レボトミン)
アリピプラゾール(エビリファイ)
ペロスピロン塩酸塩水和物(ルーラン)
⑤危険度微(かなり少ない)
漢方薬 全般
睡眠薬
ゾピクロン(アモバン)、ゾルピデム酒石酸塩(マイスリー)、
抗うつ薬
フルボキサミンマレイン酸塩(デプロメール、ルボックス)
ミルナシプラン塩酸塩(トレドミン)
マプロチリン塩酸塩(ルジオミール)
抗精神病薬
オランザピン(ジプレキサ)
クエチアピンフマル酸塩(セロクエル)
リスペリドン(リスパダール)
スルピリド(ドグマチール)
その他
トリヘキシフェニジル塩酸塩(アーテン)
ビペリデン(アキネトン)
⑥危険度なし
ほぼなし(食品にも使用されるようなもの)
妊娠と漢方薬
漢方薬は長い歴史の中で、明らかな催奇形性は指摘されておらず、また動物実験においても次第に安全性が確認されつつあります。
妊娠中に用いる漢方薬につきましては、生薬のレベルで、妊娠中の様々な疾患を予防、治療し、可能な限り苦痛を取り除いて母子ともに健康状態を維持させ、健全な出産へと導くものとして使用されてきました。
代表的な生薬は、人参(ニンジン)、黄耆(オウギ)、芍薬(シャクヤク)などがあげられます。
特に当帰芍薬散は、切迫早産や妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延、腰痛などに広く用いられています。
また、不安や抑うつ気分などの「気鬱」に対しては、半夏厚朴湯や柴胡加竜骨牡蠣湯が広く用いられています。
妊娠時における漢方薬の使用の注意点
半夏(ハンゲ)や厚朴(コウボク)、牡丹皮(ボタンピ)、大黄(ダイオウ)は子宮収縮作用や骨盤内臓器の充血作用から早流産の恐れがあり、慎重に使用し、長期間の服用は避けるようにしましょう。