不眠治療の現状
慢性不眠症は夜間睡眠の質が低下するだけではなく、日中の生活の質の著しい低下やさまざまな精神・身体機能の障害をもたらし、交通事故などの危険性を増大させます。
その他、うつ病、糖尿病や高血圧症などの生活習慣病への影響など広範囲かつ長期的な悪影響が報告されています。
そのような中、最近では睡眠薬の有効性と安全性について、問題視されることが多くなっています。
不眠は本人にとって非常につらい症状であり、それを改善させる睡眠薬はとてもありがたいお薬です。
しかし、正しい知識で正しい使い方を身につけていないと、知らず知らずのうちに、身体依存、精神依存、持ち越し効果による認知機能や運動能力の低下、ふらつきなど、副作用の問題が出現してくることが多いのです。
睡眠薬自体に対する心理的抵抗感が強い人も多く、不眠になっても受診せず、不適切な不眠治療であったり、治療を始めてもすぐやめてしまうなど、不眠への対応が不十分である場合が多く、さらに症状を複雑化させている場合もあります。
睡眠薬の適正な使用について
過去50年間にわたってベンゾジアゼピン系睡眠薬が不眠症治療の中心として用いられてきました。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、作用時間のバリエーションが豊富で、催眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用を持っており、不眠に効果的な作用を持っており、内服した日から効果を実感でき、広く使用されています。
その一方で、ベンゾジアゼピン系睡眠薬による依存や乱用、転倒、骨折などの副作用に対して管理が十分なされていないとの批判が強まっています。
耐性による高用量・多剤併用となる人や、減薬、休薬時の離脱症状などの身体依存の人の報告が増えているようです。
また、一般的に不眠症の方が睡眠薬を使用した場合には報酬系刺激を介した薬物渇望は少ないと言われていますが、抗不安作用に対する心理的な依存がみられることはしばしばあります。
睡眠薬の過量服薬による自殺企図や急性中毒についても問題視されています。
このような睡眠薬の依存や乱用に関する記事が、社会問題として、メディアでもしばしば取り上げられ、問題ばかりが指摘されることが多く、必要で使用している人の不安も高まってしまっていることも少なくありません。
では、睡眠薬の適正な使用についてそれぞれの特性と問題から考えてみましょう。
睡眠薬の特性と問題
バルビツール酸系および非バルビツール酸系睡眠薬
1950~1960年代まではGABAA受容体作動薬であるバルビツール酸系および非バルビツール酸系睡眠薬が中心でした。
しかし、耐性による増量や薬を中断した際の離脱症状のリスクが非常に高いことと、安全域が狭く、大量服薬時に呼吸抑制が生じやすいことなど安全性に大きな問題がありました。
そのため、1960年代後半にベンゾジアゼピン系睡眠薬が登場し、以降はほとんど処方されなくなっています。
バルビツール酸系および非バルビツール酸系睡眠薬は、通常の不眠の治療には使用するべきではないという位置づけになっています。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬
1967年にニトラゼパム(ネルボン®、ベンザリン®)が発売されて以降、50年にわたってGABAA受容体作動薬であるベンゾジアゼピン系睡眠薬が不眠症治療の中心を担ってきました。
バルビツール酸系及び非バルビツール酸系睡眠薬に比較して依存のリスクが低く、安全域が広いなど使いやすさは格段に改善されています。
しかし、そのことが安易な漫然処方の一因となっており、長期服用による依存、乱用が社会問題となっています。
以前からベンゾジアゼピン系薬剤を継続内服されている方が、現在高齢者になっている場合も多く、ベンゾジアゼピン系薬剤の場合、高齢者では薬剤に対する感受性が更新し、薬物代謝能の低下もみられるため、血中濃度が高まりやすく、眠気や認知機能低下、健忘、ふらつき、めまいなどの頻度が上昇するため、転倒や骨折などを引き起こす要因にもなり、特に注意が必要です。
そのため、60歳以上の不眠高齢者には、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は推奨されなくなっています。
こういったことからベンゾジアゼピン系薬剤は、身体毒性と依存性のリスクが高い薬剤として、厳しい評価を受けるようになっています。
しかし、新しいタイプの睡眠薬がまだ少ない現状では、ベンゾジアゼピン系薬剤の不眠治療に果たす役割は依然として大きいのです。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
GABAA受容体の分子構造とサブユニットの機能解析が進み、1990年代にω1受容体(α1サブユニット)選択性の高い、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が開発されました。
ベンゾジアゼピン系薬剤に比べて、筋弛緩作用が小さいため、転倒の危険性が低いこと、離脱症状が出現しにくく、身体依存、耐性の危険性が低いことが示されています。
そのため、高齢者の不眠治療ではベンゾジアゼピン系薬剤ではなく、非ベンゾジアゼピン系薬剤の方が推奨されています。
その一方で、抗不安作用や筋弛緩作用が乏しいため、不安や緊張が強い中等度以上の不眠症の方では満足度が低い場合があります。
特に、長期的に服用されているベンゾジアゼピン系睡眠薬を非ベンゾジアゼピン系睡眠薬にきりかえる際には慎重な調整が必要です。
メラトニン受容体作動薬
2010年に発売されたラメルテオン(ロゼレム®)は睡眠構築をほとんど修飾せず、連用による蓄積効果がなく、依存形成や翌日の精神運動機能への影響もないことが確認されています。
高齢者でも安全に服用できる睡眠薬として期待されます。
ラメルテオン(ロゼレム®)は時差ボケ、夜勤労働者の不眠や、昼夜逆転してしまう方など、概日リズム睡眠障害に対する治療効果も確認されています。
オレキシン受容体拮抗薬
2014年9月にオレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサント(ベルソムラ®)が日本で承認されました。
スボレキサント(ベルソムラ®)は原発性不眠に対して十分な有効性を安全性を有していて、特に12ヶ月間の長期服用時の安全性と、その後の休薬時に離脱性不眠の発現がプラセボと差異がないことが示されています。
半減期と作用時間
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の作用時間
一般的に消失半減期による分類では、
①超短時間作用型(2~5時間)
②短時間作用型(6~10時間)
③中間作用型(20~30時間)
④長時間作用型(50~100時間)
に分類されます。
ベンゾジアゼピン系及び非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の選択基準
寝つきの悪い入眠困難型には消失半減期の短い睡眠薬が使用されます。
途中起きたり、朝方早くに目が覚める睡眠維持障害型には消失半減期がより長い睡眠薬が使用されます。
また、翌日まで眠気の残る持ち越し効果も、作用時間の長短で調整しています。
メラトニン受容体作動薬
ラメルテオン(ロゼレム®)の消失半減期は約1時間と極めて短いのですが、催眠作用についてはそれより長く翌朝の持ち越し効果を訴える方もいます。
おそらく、血中濃度が低下した後も、ラメルテオンの脳内メラトニン1型受容体占有率が高い状態が維持されている可能性があります。
したがって、ラメルテオンを消失半減期だけを指標に超短時間型には分類するのは少し難しいようです。
また、ラメルテオンはメラトニン2型受容体を介した概日リズムの位相変位作用を有しており、寝る前より早めの内服で効果を発揮します。
オレキシン受容体拮抗薬
GABAA受容体作動薬が催眠作用を発揮する脳内受容体占有率は、脳幹部や新皮質を中心として約26~29%と言われています。
一方で、オレキシン受容体拮抗薬は脳内受容体占有率が約65~80%以上で催眠作用を発揮します。
スボレキサント(ベルソムラ®)の消失半減期は12.5時間ですが、催眠作用を維持するためにはGABAA受容体作動薬よりも高い脳内受容体占有率を有します。
そのため、同レベルの消失半減期を有するGABAA受容体作動薬と単純に比較ができず、また、覚醒時刻付近で髄液中の内因性オレキシン濃度が上昇するため、スボレキサント(ベルソムラ®)におる占有率は競合的に低下します。
睡眠薬一覧
分類 |
一般名 |
商品名 |
作用時間 |
依存
リスク |
半減期
(時間) |
用量
(mg) |
バルビツール酸系 |
pentobarbital |
ラボナ |
|
高 |
15~50 |
50~100 |
amobarbital |
イソミタール |
|
20 |
100~300 |
非バルビツール酸系 |
bromovalerylurea |
ブロバリン |
|
高 |
2.5 |
500~800 |
オレキシン受容体拮抗薬 |
suvorexant |
ベルソムラ |
|
ほぼ無し |
9~10 |
15~20 |
メラトニン受容体作動薬 |
ramelteon |
ロゼレム |
|
ほぼ無し |
1 |
8 |
GABAA受容体作動薬
(非ベンゾジアゼピン系) |
zolpidem |
マイスリー |
超短時間作用型 |
低 |
2 |
5~10 |
zopiclone |
アモバン |
4 |
7.5~10 |
eszopiclone |
ルネスタ |
5~6 |
1~3 |
ベンゾジアゼピン系 |
triazolam |
ハルシオン |
中~高 |
2~4 |
0.125~0.5 |
etizolam |
デパス |
短時間作用型 |
6 |
1~3 |
brotizolam |
レンドルミン |
7 |
0.25~0.5 |
rilmazofone |
リスミー |
10 |
1~2 |
lormetazepam |
ロラメット
エバミール |
10 |
1~2 |
nimetazepam |
エリミン* |
中間作用型 |
中~高 |
21 |
3~5 |
flunitrazepam |
サイレース
ロヒプノール |
24 |
0.5~2 |
estazolam |
ユーロジン |
24 |
1~4 |
nitrazepam |
ネルボン
ベンザリン |
28 |
5~10 |
quazepam |
ドラール |
長時間作用型 |
中~高 |
36 |
15~30 |
flurazepam |
ダルメート
ベノジール |
65 |
10~30 |
haloxazolam |
ソメリン |
85 |
5~10 |
(*エリミンは2015年11月で販売中止されています)
不眠症のタイプ
過覚醒型
過覚醒型では不眠・抑うつ気分による緊張感が強く、抗不安作用のあるベンゾジアゼピン系睡眠薬が有効であることが少なくありません。
しかし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の長期使用は推奨されず、不安症状や抑うつ状態が持続する場合には不安障害や、気分障害などを疑い、その治療を行う必要があります。
一旦長期使用したベンゾジアゼピン系睡眠薬を中止するのは簡単ではありません。
減薬・休薬時には離脱性の不眠や不安、焦燥感に加えて、薬剤が無いことや変更したことに対する心理的不安が混在して出現します。
不眠症が寛解していれば、離脱性不眠は徐々に落ち着いて良くなるのが一般的です。
リズム異常型
リズム異常型では、睡眠時間帯が社会的に望ましい時間帯よりもずれていることが多いです。
寝付けない入眠困難が主体となりますが、いったん眠れると睡眠の持続性は良いことが多いです。
このような方は、強い夜型による不眠、概日リズム睡眠障害、睡眠相後退型や交代勤務型による不眠なども含まれます。
リズム異常を有する不眠症に対しては、睡眠習慣指導とともにラメルテオン(ロゼレム®)が第一選択になるでしょう。
睡眠恒常性異常
不眠症の方の中には、一般的に睡眠時間が短くても日中の眠気や翌日の睡眠時間の延長をきたさない方もいます。
それを睡眠恒常性の異常と呼びます。
また、中高年の不眠の方によくみられる午後の昼寝の増加や活動量低下による睡眠ニーズの減少も睡眠恒常性異常に含まれ、夜中途中起きる中途覚醒や、朝方早くに目が覚める早朝覚醒の症状が主体となります。
作用時間の比較的長い睡眠薬が使用されていることが多く、お薬を弱くしたくて、半減期の短い睡眠薬にして症状が増悪する場合がありますので注意が必要です。
依存、耐性形成の極めて少ないスボレキサント(ベルソムラ®)に置換していくような減薬調整が期待されます。
まとめ
睡眠薬はそれぞれの消失半減期のみならず、抗不安作用の有無、リズム調整効果の有無など作用特性が異なります。
そのため、不眠症状のタイプだけではなく、過覚醒、リズム異常、睡眠恒常性異常など、不眠症の方の病態、原因を正確にとらえ、薬剤選択に反映させることが大切です。