PTSD【心的外傷後ストレス障害】への治療アプローチ

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは

阪神・淡路大震災以後、PTSDという病気が注目されるようになりました。

PTSD、すなわちPost-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)とは、戦争や大災害など生命の脅威にさらされた人に、のちのち起こってくるストレス障害です。

心的外傷体験は、抑うつ状態、不安障害、人格乖離、乖離的同一性障害(いわゆる多重人格)や心身症状の起因にもなります。

PTSDは、1980年に改訂されたDSM-IIIから、独立した精神科疾患となりました。

ベトナム帰還兵の戦争神経症に対する保険診療の必要性が社会的に高まったことが契機となり、ホロウィッツのストレス反応症候群に関する先行研究を下敷きに概念化されたものです。

1994年に発表されたDSM-IVは、PTSDの診断基準として以下の5領域をあげました。

PTSD診断基準

A.生命に危険をもたらすような予測不能・コントロール不能な災害体験

B.外傷的な出来事の再体験反応

C.外傷的な出来事の持続的否認や心的マヒ症状

D.身体的覚醒亢進

E.上記の症状が1ヶ月以上続くこと

F.心理的苦痛や社会的・職業的機能障害の持続

の以上5点です。

PTSDの方は、往々にして感情障害、気分変調、アルコールや薬物依存、不安障害、人格障害などとも診断されることがあります。

このような診断名がついた方々のなかに含まれるPTSD層も考慮にいれた、全米規模の罹患率調査(1996年)によれば、PTSD発症率は通常の災害事故の場合に男性で5%、女性で10%であると推定されています。

しかしながらレイプなどの性的犯罪被害者で、その後事情聴取や喚問など、非受容的・非治療的な環境で体験の陳述を強制された場合には、出現頻度が23%にも高まったといいます。

また、災害事態の予測不能性とコントロール不能性が極度に高まった場合(例えば、戦争、強制収容所、拷問、人質など)、ほとんどの被災者に発症するという報告もあります。

PTSD発症のメカニズムについては、心理社会的・疫学的・神経生理学的アプローチがあります。

心理社会的アプローチは、PTSD症状を「異常な事態に対する身体の正常な反応」と見なします。

1970年代後半から顕在化し始めたベトナム帰還兵の適応障害を、アメリカ社会の中でノーマライズするうえで心理社会的陣営が果たした役割は大きいといえます。

しかし、1980年代以降の疫学的研究により、PTSDが必ずしも生命の脅威にさらされたものすべてに生じるわけではなく、とりわけ3年以上も症状が持続する慢性PTSDはきわめて低率であることが明らかになりました。

さらに1990年代には、PTSD特有の感覚の鋭敏化現象が、「なぜある特定の人たちだけに生じるのか」を大脳生理学的に解明する研究が盛んになりました。

疫学的・神経生理学的陣営は、犯罪や事故、災害などの民事訴訟において、補償額をつりあげるための安易な口実としてPTSDが利用されかねない現実に歯止めをかける役割を果たしています。

日本でも、雲仙普賢岳・北海道南西沖地震での実践が先行的研究として知られていますが、実践的な研究が本格化したのは阪神・淡路大震災以降です。

その成果としてストレスケアモデルが生まれ、1997年初夏に起こった須磨区児童殺害事件では、同区内の小学校における児童保護者やケア提供者に対するディブリーフィング活動として組織的な活用が試みられました。

心的外傷後ストレス支援の原則

大災害に出合ったものが全員PTSDになるわけではありません。

しかし、被災者の方ほぼ全員に、体験・否認あるいは心的マヒ・覚醒亢進という災害特有の心的外傷後ストレス反応が起きます。

被災者の方のなかには、被災体験から1ヶ月以上たっても、再体験と否認や心的マヒという二相症状を交互に繰り返し、さらに覚醒亢進が持続するために、正常な社会生活に支障をきたす方がみられます。

これが精神科疾患としてのPTSDですが、対策は予防・教育が基本になります。

PTSD対策:予防・教育に関しての3原則

1)症状のノーマライゼーションの原則

心的外傷後に生じる特有のストレス症状により、災害被害者の方は「自分は普通ではなくなった」という強い不安感をもつようになります。

この場合支援者は「生命が脅かされるほどショッキングな事件に遭遇したときに、生物としてのヒトはもっとも原始的な適応反応を示します。それが今あなたに起こっていることです。こうしたストレス反応のおかげで、人類は現在まで種を保存することができたのです」と伝えます。

ストレス反応が今ここで生じている事実こそ、正常な癒やしのプロセスがすでに始まっている証拠であるむねを伝え、現在の状況の意味や今後の展開について見通しを与えることが大切です。

2)協働とエンパワーメントの原則

心的外傷後ストレスからの回復の過程で被災者の方は、再体験、回避、覚醒亢進、罪障感といった特有の反応を示します。

この最良の癒やし手は、被災者自らであり、さらには被災者と日常接する非専門的な支援者たちです。

一方、専門家は症状を明快に記述し、説明し、癒やしへと至る時間の流れのなかに現在を位置づけます。

両者はそれぞれの役割を自覚し、被災者自らの力を高め、尊厳や有能感を回復するという共通の課題のために協働することが大切なのです。

3)個別化の原則

心的外傷から回復する過程は個人により千差万別であることをあらかじめ知っておくことが重要です。

それと同時に、他者との違いは価値あることとして認める態度が必要です。

支援者は、一般的な方向や起こしやすい間違いについては意識するものの、被災者個人の固有の道筋をとともに歩みながら、常に新しい改善の変化を発見する姿勢が大切なのです。

その他のさまざまなアプローチ

心的外傷を負ったものは、自らを病んだものと見なす専門治療的関係を望みません。

被災地域の住民に、悩みや心配事はどのような人に相談したのかをたずねた大規模サンプリング調査の結果では、精神科医やカウンセラーに相談したと答えた住民は、回答者の3%程度という報告があります。

大多数の被災者の方々は、家族、親せき、友人といった支援者に自然に悩みを相談していたのです。

支援者と被災者との関係は、個人の精神内界の限界や病理性に目を向ける医師・患者型のセラピー(カウンセリング)モデルではなく、被災者の自我の健康な部分に依拠する協働型のストレスケアモデルに基づくべきなのです。

ストレスケアの代表的な技法であるディブリーフィング(Debriefing)

ディブリーフィングは個人でも小集団でも実施できますが、受容的・共感的な場のなかで事実・思考・感情と順をおって体験を聴取し、続けてストレスマネジメントをテーマとした心理教育を行います。

ディブリーフィングの目的は、自身の尊厳や世界に対する信頼や安全感を失った被災者の方が、

(1)症状をノーマライズし、

(2)内外の対処資源に気づき、状況に対して打てる手だてがあると力づけし、

(3)それぞれの道筋を通りながら状況を意味あるものと再評価し、見通しを持てるようにすることにあります。

被災者が活力を取り戻すことができるストレス対処資源として、次に述べる6つの領域を想定し、それぞれの頭文字をとってBASIC-Phモデルというものがあります。

心的外傷後ストレス反応や障害へのさまざまな支援法は、これら6つの領域のどこをより重視するかによって分類することが可能になります。

BASIC-Phモデル

1)信念(Belief)

広島の被爆者やホロコーストの生存者への面接調査から、災害被災者は自らの被災体験の意味について実存的な問いを発することが分かりました。

自らもホロコースト体験者であるビクトール・フランクルは、実存的な意味の希求にもがく生存者に向けてこう語っています。

「私たちが人生に何を求めるのか、それは大した問題ではありません。むしろ人生が私たちに何を求めるか、それが問題なのです。人生の意味について考えるのは止めましょう。その代わりに、毎日、毎時間、人生から絶えず問われている存在として自らを考えることにしましょう。生きるということが究極的に意味するのは、人生が私たちに何を求めているのかについて正しい答えを見つけ、人生が私たち一人一人に対して課し続ける課題を満たしてゆく、そのことに責任を取ることなのです。」と。

この言葉は、信念や被災体験の実存的な意味づけが被災者を力づけることを雄弁に物語っています。

2)感情(Affect)

非指示的・受容的・許容的な雰囲気の中で、内面の感情を表出することにより被災者は力を取り戻していきます。

支援者は、被災者の感情が妥当であり、自然のものであると保証する姿勢が求められます。

この場合に支援者に求められるのは来談者中心的な、傾聴するカウンセリング・マインドです。

3)社会的サポート(Social Support)

心的外傷後ストレスに対して、被災者は家族や親せき、知人・友人の支援ネットワークを活用します。

これらとの密接なつながりによって自らを守ろうとするのです。

先述の調査が示すように、大震災時でもこの資源性がほとんどの被災者によって活用されていました。

社会的ネットワークの活性化のためにはソーシャルワーク的介入が有効です。

4)想像力(Imagination)

ストレスが高じたときに、楽しかった旅行の風景をイメージしたり、音楽や読書に没頭したり、遊びやユーモアによりエンパワーされる被災者も多いのです。

大震災の体験は、多くの被災者自らの手になる音楽や文学、絵画作品を生みだします。

これらは、想像力を羽ばたかせるアートの持つ癒やしの力を物語るものです。

5)認知(Cognition)

現在の状況に対する見通しや打てる手だてに関する情報により、被災者のストレスは低減されます。

心理教育的なアプローチが重視するのが、この被災者の認知的側面です。

ディブリーフィング活動にくわえて、マスメディアでの広報やパンフレットなども貴重なストレス対処資源となります。

6)身体・生理反応(Physical)

適度な運動や入浴によりリラクセーションが得られます。

また、仕事や家事に打ち込むこともストレスの緩和策になります。

あるいは、栄養指導やアルコール制限なども有効な身体・生理レベルの対処策です。

一方、系統的脱感作(Systematic Desensitization)やEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)などの技法もこのカテゴリーに入れられます。

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