動物にうつ病はない?!
人以外の動物におけるうつ病の存在は、言語的コミュニケーションにより自覚症状を基盤とした診断ができないことに加え、身体疾患の除外が困難であり、獣医学領域でも疾患概念が確立していません。
うつ病は、互いに助け合う人間社会だからこそ存在しうる疾患なのです。進化精神医学では、うつ病は他者からの援助を引き出すためのサイン、あるいは服従の意思を伝え、それ以上の他者からの攻撃を避けるためのシグナルとして進化してきたなどど解釈されています。
うつ病の診断
「うつ病」は、DMS-IV診断基準で「大うつ病性障害」として定義されています。
抑うつ気分、興味・喜びの喪失という2つの中核症状のうちいずれかを含み、食欲、睡眠、制止、易疲労感という4つの身体症状、集中困難、罪責感、希死念慮という3つの精神症状、合わせて9つの症状のうち、5つ以上が、1日中、毎日、2週間以上続く時で、身体疾患、薬物、死別反応、そして双極性障害による場合を除外して、初めて診断に至ります。
会社に行けないが、休日は元気であったり、趣味はできるといった状態が「新型うつ」などと紹介されていますが、そのようなケースがうつ病の診断基準を満たすとは考え難いのです。
うつ状態だからといって、すぐお薬で治すというのは間違い?!本当にうつ病か
抗うつ薬の臨床試験結果のメタ解析で、抗うつ薬の優位性が認められるのは、中等症以上のケースです。
現状の保険診療は、非常に自由度が高く、医師の裁量権が大きいため、うつ病、うつ状態という病名をすぐにつけられてしまう場合があります。
しかしながら、逆に不必要な抗うつ薬が処方されることにもつながりやすく、不適切な使用については、厚生労働省が動き出して、保険診療に制限がかかるなどの対策がとられています。
うつ病はうつ病でも異種性がみられる、あなたと私のうつ病は別もの?!
うつ病はあまりにも様々な原因によるものを含んでいるため、単一の病気としてとらえるには無理があります。
高齢者の潜在性脳梗塞を伴ううつ病、中年の執着気質の人が昇進をきっかけにして発症するメランコリー型うつ病、若年のナルシスティックな性格傾向の人の非定型うつ病、季節性うつ病、双極スペクトラム(躁うつ病の傾向)など、それらのうつ病がすべてが同じ原因であるとは考えにくく、異種性の存在として考える方がいいでしょう。
それにもかかわらず、臨床では「うつ病」として、同じような治療になっていることも多いのです。
その理由として評価者間の一致度が高くないことや、日本の精神科、心療内科のシステム上の問題が挙げられます。
そのために検査法などを導入して、うつ病の下位分類を進めていく必要があります。
うつ病における検査法の可能性。どういう検査があるのか
デキサメタゾン抑制試験
1960年代からデキサメタゾン抑制試験がうつ病の検査として検討されました。
もともとクッシング病の鑑別診断法で、コルチゾールの分泌が正常なネガティブフィードバックを受けているかというかという試験で、内因性のうつ病では非抑制パターンを多く示すという報告でした。
しかしその後、統合失調症、アルツハイマー病、摂食障害などでも同様の所見を示すことがわかり、検査法としては確立しませんでした。
ただし、非定型うつ病では逆に過抑制を示すことが報告され、デキサメタゾン抑制試験は、うつ病か統合失調症かの鑑別には使えないかもしれないが、内因性うつ病か非定型うつ病かの鑑別には使える可能性があります。
将来は、デキサメタゾン抑制試験で非抑制なら抗うつ薬、過抑制なら精神療法というような治療選択が行われるかもしれません。
(*現在デキサメタゾン抑制試験はうつ病への保険適応がありませんので、実際うつ病の鑑別のために行うことは難しいと思われます。)
脳由来神経栄養因子
もう1つ期待されている検査法は、脳由来神経栄養因子です。
抗うつ薬と電気けいれん療法がともに海馬で脳由来神経栄養因子を増やすことが知られており、うつ病の方の血液検査で脳由来神経栄養因子の低下が報告され、注目されています。
成人の血中の脳由来神経栄養因子値がどれだけ脳を反映しているかは不明であるが、うつ病における血中の脳由来神経栄養因子の低下を示しており、検査法として応用が期待されています。
うつ病の病態仮説。なぜうつ病になるのか
うつ病の病態仮説として有力なのが、モノアミン仮説と、神経可塑性仮説の2つです。
1)モノアミン仮説
モノアミンとはドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称です。
モノアミン仮説の根拠は、抗うつ薬が、さまざまなメカニズムを介してセロトニン、ノルアドレナリンの神経伝達を増加させ、抗うつ効果を示すことにあります。三環系抗うつ薬は前頭葉でのドパミンを増加させます。
モノアミン仮説とカテコールアミン(ノルアドレナリン、ドパミン)
カテコールアミン(ノルアドレナリン、ドパミン)がどのように病因に関係しているかについては、未知な点が多いのですが、高齢者の死後脳の病理学的研究から、高齢者のうつ病の一部は、カテコールアミン神経核が変性する可能性、すなわち神経変性疾患である可能性が指摘されています。
神経の変性が海馬などの認知機能にかかわる部分に生じれば認知症となる一方、青斑核や中脳腹側被蓋に変性が生じれば、うつ病になると考えられます。
モノアミン仮説とトリプトファン、セロトニン
うつ病の原因にセロトニンが関係していることを示す最大の根拠は、うつ病既往がある人に、トリプトファン欠乏状態を引き起こすと、うつ状態が再燃するためです。
トリプトファン欠乏によって、脳内でセロトニンが欠乏します。トリプトファン欠乏は、長期的な報酬の期待ができなくなります。結果、衝動性が高まったり、悲観的な思考しかできない等の症状につながると考えられます。
但し、トリプトファン欠乏は健康な人にはうつ状態を引き起こすわけではなく、抗うつ薬によりセロトニン量を正常化しても、効果が出てくるのに1週間前後必要になることから、セロトニンの増減だけがうつ病の原因であるとは考えにくいのです。
2)神経可塑性仮説
もう一つの仮説が、神経可塑性仮説です。
抗うつ薬の長期投与で脳由来神経栄養因子が増加することと、ストレスで神経新生が抑制されるという報告から、うつ病では神経における構造の可塑的変化が起きており、抗うつ薬はモノアミン増加を介して脳由来神経栄養因子を増やし、結果的に構造の可塑性を回復させるのではないかという仮説です。
まとめ
うつ病などの精神疾患に限らず、人の病気には、腫瘍、炎症、変性といったように、臓器は別でもその病態にはある程度の共通性があります。
うつ病において、神経が変性するという変化については、上記でも紹介しましたが、最近は末梢血液でのサイトカインの増加の所見などから、炎症が影響しているという仮説も広がっています。
このように、まだ完全解明されていない部分は多いのですが、うつ病を単一疾患として認識するのではなく、さまざまな原因による脳の病態に伴って生じうる症候群であるととらえ、それぞれの病態に合わせた治療を選択することが大切です。